2026.02.20 | 採用情報

真のマッチョ介護士、増原駿の電撃入社インタビュー!!!🎖️〜 世界メダリストが語るビジョナリー入社の理由。〜

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2026年1月、株式会社ビジョナリーに新たなマッチョ介護士が加入しました。

IFBB世界メダリストであり、真のマッチョ介護士として新時代を牽引する世界メダリストの異名をもつ増原駿さんです。




📎フィットネス実業団「7SEAS FITNESS」 世界メダリスト増原駿が電撃加入決定!https://7seas.visionary.day/news/1ei8urvjmo

「フィジーク選手」と「介護士」の両方を極めた彼のこれまでと、これから目指す姿を伺いました。


 シュワちゃんみたいなかっこいい身体に憧れて

ーーー筋トレはいつ頃から、どんなきっかけで始めたのですか?


「大会に出始めたのは5年ほど前です。高校時代はずっと野球をやっていて、体づくりの一環で筋トレもしていました。実は、うちの家族もみんな筋トレしていて、兄は現役の陸上選手でもあるので、幼い頃からトレーニングには自然と馴染みがありました。


父はアメ車に乗っていたのですが、大きな車をがっしりした体で運転する背中を見て、『かっこいいな』とずっと思っていたんです。父はちょっと亭主関白なところもありましたが、おしゃれで僕にとっては憧れの存在でした。

大学生になってアメリカンバイクが好きで乗っていたり、自宅にある父の車を借りることも多くなりました。
大きな車やバイクに乗るとき、『どうせ乗るなら、アーノルド・シュワルツェネッガーみたいなかっこいい身体で乗りたい!』と思ったんです。それで筋トレに本格的に取り組むようになりました。」



大学卒業後は商社で営業職に就きましたが、生活は不規則になり、これまで生活の一部であった筋トレに割く時間は、ほとんど取れていなかったと言います。



「ワークライフバランスの取れない営業職の働き方をそろそろ見直したいなと思っていたときに、たまたま介護の仕事を紹介されました。人手が足りないから働かないか、と誘われたのがきっかけです。実は学生時代も福祉施設でアルバイトしたいと思っていたんですが、希望していた施設は無資格では働けなかったので、結局叶わなかったんです。」



ーーー元々、福祉や介護の仕事には興味があったのですね。

「そうですね。幼い頃から”おじいちゃん、おばあちゃん子”でした。夏休み中、おじいちゃんの家で過ごしたこともあり、介護の仕事には悪いイメージはなく、自分が力になれたらいいなという気持ちでした。
なので、介護がこんなにも大変な仕事だと知ったのは特養で働き初めてからでしたね。」


23歳で介護の道へ、そして施設長へ

営業職から転職して23歳で初めて介護業界に足を踏み入れ、最初に配属されたのは特別養護老人ホームでした。

「働いていた特別養護老人ホームは、今のビジョナリーのように介護の中でも要介護度の高い方や認知症の進んだ利用者様が、入所されている施設でした。

僕が実際に思っていた介護とは全く違った現場に、これまでぼんやり思い描いていた介護職のイメージは大きく変わり、最初は戸惑うことも多くありました。
そんな中でも、認知症が進行して食べる動作も、眠ることすら忘れてしまっても「家族」のことは覚えている。――入居されている方のそういった人間味溢れる姿を見た時は、介護の仕事はこういった瞬間を見られるのだと良い仕事だなと感じましたね。」


介護のイメージを変えてくれた職場での経験、また、人間味溢れる利用者様の姿に胸を打たれることもあったと話します。

「特養ではユニットリーダーとしての経験を積み、その後2~3年はサービス付き高齢者向け住宅では、施設長を任されていたので中間管理職としても多くの経験を積みました。
当時は相談員業務、人事、総務、給与計算から採用、夜勤まで...
ほぼすべての業務を自分でこなしながら現場を回しており、責任のある仕事も多くありました。

現場の目線と経営の目線、どちらも尊重しつつ答えのない答えについて判断する、そんな日々でした。」



ーーー多忙な日々で、トレーニングどころではなかったのでは?

「いえいえ、僕が帰らないと部下は帰りづらいですから。自分の業務を時間内に終わらせ、まず僕が時間通りに帰ることを意識していました。
それは、一緒に働くスタッフのためでもありました。

介護士になってから筋トレにも週に5、6回は行っていましたが大会出場は2021年からで、それまでは趣味程度に続けていました。」




「正直、最初は胡散臭いなって」

ーーー増原さんがビジョナリーに出会ったときのことを教えてください。

「マッチョ介護士の取り組みはメディアを通じて知っていました。前職でも『増原くんも筋トレしてるなら、マッチョ介護士として発信したら?』なんて言われていたので、ビジョナリーのことは以前からよく見ていたんです。」


ーーー丹羽社長に「“マッチョ介護士”というワードを使わないでくれ」と言われたそうですね(笑)

「そうです(笑)もう3〜4年くらい前の話ですが、丹羽社長のXの投稿を引用して『俺こそマッチョ介護士やけどな』と投稿したら、すぐに社長から連絡があり、はるばる会いに来てくれました。
あの頃大会では日本トップクラスの成績で、介護士としてもユニットリーダーを務めていたので、社長も少し焦ったんだと思います。それからは定期的に連絡を取るようになり、食事にも行くようになりました。」



ーーー社長とお会いした際には、どんな話を?

「もちろん、『うちに来てよ』という話でした(笑)
会うたびに、介護・福祉業界の未来について、夢のような話をする社長に『いつも胡散臭いことばっか言ってるな〜』って正直、思っていましたね(笑)」

ーーーそれでもビジョナリーに入社を決めた理由は?

「中間管理という立場に、答えのない判断の連続に、正直かなり疲弊してしまったことが一番の理由です。
大切にしているトレーニングの時間でさえ、頭のどこかで仕事のことを考えてしまう状態でした。現場と経営の間に立ち続ける毎日の中で、“もう管理職は降りたいな”と思うくらいには、積み重なっていたんだと思います。

だからこそ、現場からでの役職者からは一歩離れ、新たにメンバーも増えたフィットネス実業団7SEASのリーダーとして、“個人としてもチームとしても高みを目指す”そんな挑戦をしたいと思い、ビジョナリーへの入社を決めました。」



地域連携本部の一員として

「所属している地域連携の一員としては、まだ施設のある場所の土地勘もなく、これまでと違う障害福祉の制度や仕組みを理解するのに苦戦することも多いですが、同じ地域連携の方々にも教えていただきながら、やっていきたいと思います。

ただ、やってみて感じたことは高齢福祉との大きな違いは、自分の『親』を預けるのと、『子ども』を預けるのとでは全然違うということです。
自分にも子どもがいるので、障害のある方のご両親が自分の子どもを施設に預けるとき、どんなことに不安を感じるだろうか。
そんな気持ちに寄り添うことが、今の自分の役割だと思っています。」



最後に

「個人として今年は世界選手権で1位を獲ることを目標に、まずは8月の日本大会で上位を目指しています。



これまでの働き方では、世界大会に出場するとなると1週間ほど休みを取らなければいけませんでした。だからこそ、他のスタッフに迷惑をかけないように、とにかく前倒しで仕事を終わらせる。大会から戻れば、また山積みの業務が待っている――そんな状況でした。

ビジョナリーでは実業団の選手は、大会出場も“勤務扱い”になります。ここまで環境を整えてくれるからこそ、社内からも心から応援してもらえるような行動を、自分自身はもちろん、7SEASメンバー全員で徹底していきたいと思っています。


介護のイメージを変える存在として、フィットネスを通じて一人でも多くの人に福祉に興味を持ってもらえるきっかけをつくりたい。

そして実業団チームのリーダーとして実業団メンバーの一人ひとりの声を聞きながら、チーム全体のレベルの底上げに貢献していきたいと思います。」


目指すのは、ステージ上だけでなく、現場でもその強さと優しさを両立できる“真のマッチョ介護士”。 増原駿さんの言葉からは、強靭な身体だけでなく、人への思いやりと責任感がにじみ出ていました。


メンズフィジーク世界大会メダリストという異次元の実績を引っさげ、電撃加入。

圧倒的な筋肉量だけでなく、介護福祉士としての確かな経験も兼ね備えた「真のマッチョ介護士」の体現者、増原駿。




フィットネス実業団「7SEAS FITNESS」のチームを牽引し、現場とステージの両方で活躍する彼の今後の活躍に、期待が高まります。

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